「あなたは今日から、我がツチノコ研究会のメンバーです。」
にっこり笑いながらとんでもないことをのたまったソイツの顔を、俺は口を開けて見ているしかなかった。
色々ありすぎて頭が上手く働かない。
何だよこれ。
「どうした、リュー・・・はぁ!?」
俺が廊下ですっころんだ音を聞きつけたらしい中島が、ドアを開けた瞬間顔色を変えた。
やっぱりというか何というか、この中学生が例の「ハヤト」らしい。
「なぜ貴様がここにいる!?」
「なぜ、って。会長がいるんですよ?総長の僕がいないなんておかしいじゃないですか」
「わけのわからん道理を話すな。大体貴様は中学生だろう!自由に転校などできるはずが―――――」
「できちゃったもんは仕方ないじゃないですか。」
「どうせまたクソ汚い手を使ったんだろう」
「使えるものは何でも使う、というのが僕の主義なんですよ」
二人が押し問答をおっぱじめたスキに、俺は逃げようと床をコソコソと這った。
我ながら情けないとは思うが、これ以上巻き込まれるのは真面目に困るので仕方がない。
などと考えていたら、俺の目の前に白い脚と白い上履きが目に入った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
顔を、上げるのが怖い。
「どこに行くつもり?」
「ちょっと、そこまで」
俺は俯いたまま返答した。
そんな俺の態度など意に介さず、脚の持ち主・・・・・・ツの付く三文字の人はしゃがんで俺の顔を見つめてきた。
俺はそのまま固まってしまう。
「リュータくん、あのね。」
「・・・・・・ハイ?」
「私は何も無理やり付き合わせようなんて・・・思ってない。」
有無を言わさず血判でもとられると思ったから、意外な反応にびっくりした。
もしかしたら、この子はこの子なりに何か理由があってやってるのかも知れない。
あの奇妙と言うか自己中な行動も、きっと深い事情があるんだ、多分。
「詳しい事情は今は話せないの。ごめんね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
俯いてしまったツララに、俺は困惑した。
どうするべきなんだろう。
「イヤだったらいいの。でも、わたしはリュータくんに手伝ってほしい」
「ツララ・・・・・」
顔を上げた俺に、ツララは儚げな笑顔を見せた。
なまじ顔がかわいいので、その表情はとても魅力的だった。
だけど。
「ダメかな?」
「・・・・・・・わかった。やるよ」
「本当!?・・・・・よかったぁ・・・・・・」
「ただし、あんまり無茶なことはしないからな」
「うん、わたしもそのつもりだったから。・・・ありがとう、リュータ」
そしてツララは微笑んだ。
やっぱり、こういう笑顔のほうがかわいい。
「・・・・・・・・・・よろしくな」
「こちらこそ。――――――――――――――――ヨシ。」
そうつぶやいた瞬間、ツララは突然低い声を出して、怪しい笑みを浮かべた。
な、何だ・・・・?
「もう逃げらんないよ、リュータ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハイ?」
「バッチリ録音しちゃったから。」
ツララはセーラー服のポケットから、ラジオくらいの大きさの小さなレコーダーを取り出した。
再生ボタンを押すと、さっきの会話が流れる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ってオイオイ。
「ちょっと待てコラ!!汚ねぇ手使いやがって!さっきのは全部演技か!!」
「あら、よく言うじゃない。裏切りは女のアクセサリーって」
「俺の純情を返せ!!」
「人聞きの悪いことを言わないでよ。さっきよろしくって言ったでしょー」
「それはお前に何か事情があると思ったからで」
「ああ、それはわたしが単にツチノコを探したいだけ」
「なにーッ!!!!!!!!!」
だ、騙された・・・・・!!
俺は自分のバカさ加減に自分を呪った。
最初にわかってた筈なんだ。
コイツはいかなる悪事をも厭わない。
どんなクソ汚い手段を使ってでも、目的を遂行するであろうことを。
「これからよろしくね、リュータ」
「よろしくな」
レコーダーから、さっきの俺の声が聞こえてくる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・最悪だ・・・・・・・・・・。
俺はその場でうなだれた。
「話もまとまったみたいですので、中に入りましょうよ」
「まとまってない!少しもまとまってなどいない!」
アハハハハハハ、と某マネキンドラマの主人公みたいな笑い方をしたハヤトは、背後で抗議する中島を無視して教室へ入った。
その様子に俺は脱力した。
「まずは自己紹介ですね。――――――僕はハヤト。15歳。まだ誰のものでもありません」
「昔のアイドルか、貴様は」
中島は疲れた顔でツッコミを入れた。
どんなときでもツッコミは忘れないらしい。
「ちょっとしたおちゃめですよ。リュータさん、僕のことはファルコンとお呼びください」
「何で!?」
「ヒントは海坊主です。若い子にはわからないかな?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱりこいつも変なヤツだ。
ツララと幼馴染みらしいが、どんな環境で育ったらこんな風になるんだろうか。
「僕は直感しました。あなたならきっとツチノコを探し出せると」
「そんなこと直感するな。」
「僕には第六感があるんです。あなたからはツチノコを感じます」
何か無茶苦茶なことを言い出すハヤトに、俺は真剣に逃亡を考えた。
海外に高飛びでもしたい。
「ハヤトが来てくれて嬉しいわ。これで私も動きやすくなるってものよ」
「高校と中学だから、ちょっと距離があるけどね。それでも僕はツララとツチノコのためにがんばるよ」
「えらいわハヤト。構成員の鏡ね!」
「ありがとうございます。・・・・・・・・・・・・・・・あ、2時だ。転校の手続きがまだ終わってないんで、ちょっと行ってきます。」
「何よ、唐突ねー・・・色々片付いてから来ればよかったのに」
「途中で抜けてきちゃったんで。それではみなさん、またそのうちに」
そう言うと、ハヤト(ファルコンとは呼ぶ気になれない)は来た時と同じように、颯爽と去っていった。
「じゃあ、わたしたちも行きましょうか。」
「どこへ?」
「ナカジの家」
「何でだ。何の理由があって俺の家に来たがるのだ」
「突撃隣の三時のおやつ。」
「おやつくらい自分で用意しろ。むしろ俺の家の敷居はまたがせない」
「えー。じゃあウチに来る?」
「!!イヤだ!絶対イヤだ!!」
ツララの提案に、俺たち二人は青ざめて叫んだ。
コイツの家に行くなんて、敵の陣地に丸腰で踏み込むのと同じだ!
「えー。でもリュータの家に突然行くなんてあつかましいしね。じゃあ今日のところは帰りましょうか」
あつかましい、なんて単語がコイツにあるとは驚きだ。
「健全」はないのになぁ。
「リュータ、また明日たーっぷり色々と教えてあげるからね。」
そう言って、ツララは可愛く笑った。
・・・・・・・・・・・・とまぁ、こんな感じにアホでどうしようもない一日だった。
今日は本当は学校に来たくなかった・・・。
でもズル休みすると家追い出されるしな・・・。
黙り込んだ俺に、シンゴが違う話題を振った。
いや、結局同じことに帰結する話題だったんだけど。
二人に八つ当たりなんてしたくなかったから、俺はなるべく感情を抑えめにした。
無心でいよう。
平常心平常心。
「そういえば、お前のクラスに転校生が来たんだろ?カワイイ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カワイイけど変。」
「変わってる子なんだね。」
「変わってるというか、アレはおかしいの部類に入るような気がする・・・。」
「へー。まぁどっちにしろ一回顔を拝みに行こうかね」
「!!やめとけ!」
とんでもないことを言い出すシンゴを、俺は慌てて止めた。
シンゴの髪型は明るいオレンジ色で、すごく目立つ。
ツララが気に入って仲間に引き入れようとするかも知れない。
「え、何で。何かあるの?」
ジュンが不思議そうに聞いてくる。
「な、何もないけどさ。まだ来たばっかりだから緊張してるだろうし。あんまり騒いだらかわいそうだろ?」
「それもそっか。・・・・・・・・・・・・・って、アレなんだろう」
ジュンが指差す方向を見ると、『ツチノコに関する情報提供をお待ちしています』と書いてあるノボリと、どこからパクってきたのか机と椅子に座って校門に鎮座ましましているツララが、いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
誰か俺に航空チケットをください。