ツチノコのつくりかた
 
 
 
 
 
 
俺の世界は真っ暗だった。
光なんてなかった。
先なんて見えなかった。
 
毎日テキトーに生きて、笑ってた。
それでも俺は楽しいと思ってたんだ。
 
だから
 
ある日突然訪れた非日常を「楽しい」と思ってる自分に、少しばかり、困惑している。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
新学期。
どいつもこいつも小麦色の肌で、夏の思い出をひけらかしている。
それを聞いてるフリをしながら、俺は未だに終わっていない夏季課題のことを考えていた。
朝食にと買ったシーザーサラダには、ドレッシングが付いていなかった。
 
「おい、リュータ。お前は何かないのかよ」
 
黙々とレタスを齧る俺に、友達のタローが話を振ってきた。
 
「何もねーな。可愛い女の子との出会いなんてなかったしな」
「え?お前、プールでバイトしてたんだろ?バイトの子と知り合ったりしなかったのかよ」
「男ばっかりだったんだよ。唯一いた女の子も担当の場所が遠すぎて全然喋んなかったし」
 
俺はさも『残念でした』という顔をした。
多少芝居が過ぎる気もしたが、これくらいが丁度いいのだ。
 
「かーいそーねぇ」
「かーいそーだろ。この歳でもう枯れそうよ俺は」
 
ためいきをついた俺を見て、ヤツは笑った。
 
「まぁリュータくんにもそのうちそーゆー時期が来るって。」
「そんな慰めよりも俺はドレッシングが欲しい」
「・・・・・・・・・・・・・・かわいそうなお子よ・・・・・!」
 
タローが泣き崩れる演技をした瞬間、建てつけの悪いドアを開いて、中島が教室に入ってきた。
夏休み明けだというのに、コイツはこれっぱかしも焼けていない。
およそこの季節に似つかわしくない青白い肌をした中島は、俺の後ろの席に座った。
 
「おー、中島。オメーはちっとも変わんねーな」
「夏だからと言って日焼けしなきゃいけないわけじゃないだろう」
 
俺がからかうように言うと、中島はきっぱりとした口調でそう答えた。
そんなに一気に言ってよく噛まねーな、とかそんなことを考えてるうちに、担任のハジメが入ってきた。
コイツもコイツでよく焼けている。
 
「センセー、焼けたねー。」
 
女子の一人がそうそう言うと、ハジメは笑いながら言った。
 
「おー。男子たるもの、夏は外で肌を焼くべきだもんさー」
 
その瞬間、背後から激しい舌打ちが聞こえた。中島である。
 
「日焼けして皮膚ガンとかシミとかになってればいい」
「お前は何でそこまで頑なに日焼けを拒否するんだ」
「焼けることによって皮膚はヤケドを起こす。それで皮がめくれるあの嫌な感覚は貴様にはないのか」
 
何だか大げさなことを言い出す中島に、俺は苦笑した。
 
「せいぜい若いうちに焼きまくるがいい。そして数十年後にアレになった自分の肌を呪うがいい」
 
ケッ、と吐き捨てるように言った中島に、俺は更に苦笑を深くした。
言ってることはおかしくても、中島は面白いヤツだと思う。
浮ついたことも言わないし。
多少自己中だけど。
そんなことを考えてたら、突然
 
がったん!!!
 
「ちょっとアンタっ!いつまで待たせるのよっ!!」
 
轟音と共に、建てつけが悪いはずのドアを一気に開けたのは、見知らぬ女の子だった。
―――――――――――かわいい。
 
「あー、ごめんごめん。」
 
ハジメが手を顔の前にやりながら、その女の子の元へ行く。
十中八九転校生だろう。
それにしても、教師を「アンタ」呼ばわりとは・・・・・。
 
「せんせー、その子だーれ?」
「えーと、今日からこのクラスの一員になっ」
「あたしはまだ仲間になったつもりはないわ」
 
質問に答えたハジメを遮って、その子ははっきりと言った。
その衝撃的な一言に、教室は一瞬にして静かになった。
ひぐらしの鳴く声だけが聞こえる。
 
「RPGに出てくるツンデレみてーだな」
 
やや引きながら中島にそう言うと、ヤツは返事をしなかった。
放心したように女の子を凝視している。
驚愕に、目の色がちょっぴりヤバイ色をしていた。
 
「・・・・・どうしたんだよお前。ホレたの?」
「・・・・・いちょう」
「は?」
「会長!!!!!」
 
不意に中島が叫んだ。
その怒声に、全員の視線が女の子から中島へシフトする。
クラス中が凍りつく中、その『会長』は中島に向かって笑顔を見せた。
あ、かわいい。
 
「や。ナカジ」
「や。ではない!何であなた様がここにいる!?」
 
丁寧なんだかそうでもないんだかわからない言い方をして、中島は怒鳴った。
それにしても、ナカジって何だナカジって。
思いもよらぬあだ名の出現に、俺は気を取られた。
 
「なに、お前ら知り合いなの?」
 
ハジメが中島と『会長』に訊ねた。
この状況下で平然としてるコイツの神経はとても図太いに違いない。
 
「ええ、そうよ。何を隠そうあたしとナカジは」
「待て!言うな!!」
 
青ざめた中島を他所に、『会長』はよく通る声で、さらりときっぱりと、こうのたまった。
 
「東京ツチノコ研究会のメンバーなんだもの」
 
―――――――――――――――――――――――――・・・・・・・・・・・・・。
 
「つ」
「つちのこ・・・・・?」
 
といえばあの、捕まえれば一攫千金の、あの幻の珍獣・・・のことか?
完全に固まってしまったクラス全員をよそに、『会長』は誇らしげに高らかな声で、言った。
 
「あたしはツララ。今日からこのクラスの、いいえ、この学校の頂点に立つ女。」
 
 
―――――――――――――――――――このときはまだ、知る由もなかった。
まさかコイツに巻き込まれて、人生がまるで変わってしまうなんて。




というわけで唐突に始まってしまいました。
学園モノなんてほとんど書いたことがないので、何だか色々おかしいですごめんなさい。
ツララとリュータとナカジという珍妙な組み合わせにしたのはあんまり深い意味はなかったりします。
それにしても、ツララ好きな方に石投げられそうですね・・・。すみません。
草野の中ではツララはハイテンションな子なので、こういう文を書いてみたかったのです。
タローとハジメちゃんは今後関わってくるんだかこないんだか。
続きはもっと長くする予定です。


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